Single_word’s diary

smartに生きよう

人は信用できない!

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 昨年も芸能人の覚せい剤での逮捕報道が相変わらず続いている。

一般の人のなかもおそらく似たり寄ったりの状態だろうが名が知られていると、ことはタダでは済まされない。家族、親戚などの日常生活にも影響してくる。

 

 

以前ニュース報道されたあるプロスポーツ選手はそのことが表ざたになり逮捕された。その時非常に痛々しい面持ちで「子供に会いたい・・・」と言っていた。

妻とは離婚をされ、子供とも離れ離れになった中で、後悔と自戒の念の中で子供にだけ会いたいのはどのような思いだったのだろうか・・・

 

 

彼にとっての子供とはどんな存在だったのだろうか。その疑問を解く機会があったので書き込んでおくことにした。書籍を開き、その折の心理状態の一部がうなづける部分があった。

 

 

人は幼いころの親の配慮が欠けていて、親から度々失望を与えられ成長すると、その結果、子供はそのことにより後々問題となる事の基礎になるものを心の中に持ってしまう。

 

 誕生日プレゼントが希望したものと違っていた、これじゃないよと言っても親は取り繕うともしなかった。

約束した週末のお出かけが急になくなったりすることも頻繁だった。

 

親からたびたび失望を抱き続けると子供は親に期待する事をしなくなる。

このような親との約束は子供心にはウキウキするほど楽しいものであることを親は忘れてしまっている。

 

子供は親から失望を何度も繰り返され、傷ついた経験が繰り返された。

「親は忙しいんだ。僕のことより大事なことがあるんだ」と何度も思った。

そのうちに子供は次第に、あるいはある日突然に、親を信用することをしなくなってしまう。

 

そうすると気が楽になり、以前より生活が快適にできるようになった。

子供は親に何も期待しないで、約束してもあてにしなくなる。

親を信用しなくなって失望することも激減することになった。

 

 

子供は通常自分の家の両親が、他の家のそれと比較して、劣っているとかまさっているとかは知りえない。

子供は親のやり方が正しいものだと思う。

 

その結果たどり着いたことは「親が信用できない」ではなく「人間は信用できない」という思いであった。

 

 

成長の過程で何度か、その過程を修正する機会があったが、人の世界には信用できる人もいるという事がわかることは、言うならば、その事実を受け入れることは彼にとって痛手をさらに大ききする何物でもない。

自分の子供時代はノーマルではなく親から愛されていなかったことを認めることになるからだった。そしてその自覚は非常に苦痛であった。

 

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そして人間不信の生き方自体が子供にとってむしろ快適に適応していて生きやすかったのである。

成長して家庭を持っても子供頃身につけた生き方を貫いてゆく。

問題があると逃避して自ら楽しめないように生きてきた。

成長した彼が唯一心をゆるすことのできたのは、支配ができて彼に権威を振るわぬ子供だけであった。この世で信頼できる唯一の存在は子供であったのだ。

 

 

こう言った子供のころの経験がこのような心理に到達することもあるという、一つの仮定であることをご留意いただきたい。

 

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

 

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