Single_word’s diary

smartに生きよう

感性?

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 人の感性はその人の内側に入ってみないと、図ることができないのかもしれない。

 こう思うでしょ?

 と言ってもその人が感じられる回路を持っていないと理解できないものだ。

 単純に身なりで例えてみるとわかりやすい。

 夏になっても、デニールの多い靴下をはいている人を見ると声をかけたくなる。

 これはいいことなのだろうか。上着は半そででも靴下が冬用をはいていていたら不釣り合いではないだろうか。

 洋服のセンスは幼いころから、自分で自分の身なりを整える習慣の中で徐々に培われるものだ。

 親が子供の主体性にかまわずに選択して与えていると、いつまでも自分のセンスの感性は磨かれないという事になる。

 身なりだけではない、持つものから歩く姿勢にしてもすべてに感性の違いは漂ってくる。

 生死を分ける重大なことから考えると、身なりや歩き方などどっちでもいいようなものだが、好感度を感じる人、感じさせない人という区分けをすると、おそらく多くの人がセンスを磨きたいと思うのではないだろうか。

 夏の暑いさ中、おそらく風呂に入らないだろう人がいる。

 鼻を衝く体臭を感じさせる時がある。

 ある程度人の集まるところでは、体臭や毛髪につけるポマードなど強い匂いは気になる。マナーでもあり、自分の表現ともなるのだ。

 よく恋愛対象となる人の条件には、男女とも清潔感が第一位となるそうだ。

 続いてやさしさ気遣い、振舞いしぐさ、ファッションセンスなどとなっている。

 感性を磨かないとファッションセンスは当然よくならない。

 ふるまいにも自分らしさを磨けない。

 そして最大の問題点は自分を客観的に振り返ることができない。

 自分はセンスがいいのか、ふるまいは上品なんだろうか、

 第三者から見た自分の良しあしさえ感じないことになってしまう。

 勤勉、経済力、謙虚であればいいかもしれない。

 しかし恋人としては品の良さ、センスの良さが条件では上なのだ。

 若者よ、センスを磨こう。若者に限らずセンスの良さは大事なのだ。

 

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