Single_word’s diary

smartに生きよう

すべて問題は人間関係

 

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 なぜだろうか。気が重い。毎日が心の底から笑える楽しい時間が少ない。

 なぜ、こんなにぎすぎすしているんだろうか。なんでこんなにも自己中心的なんだろうか。

 

 小さなコミュニティでも多くの人の集まる職場でも変わらず起るのは人間関係のあれこれである。

 現在のような目まぐるしく忙しい時間を過ごしている中では、規模の大小を問わず会社や職場でも、ヨガやスポーツクラブなどでもそれは変わらない。

 資本主義があふれた社会では、自前の生産活動をしていると、自分の関連性のある部分しか関心がない。

 極端に言うと自分の必要なことしか知らない、知る必要がない。自分が知らないとならないことが多すぎて、飽和状態である。

 情報量が多すぎて、すべてに関心を持っても薄っぺらで内容がない。自分のことで精いっぱいの人が多すぎる。自分に意識が集中してきて、自分の周りが世界の中心ではと思えるほど強烈になっててくる。せいぜいお隣さんしか目に入らない。PC画面のみ特化した生活の中では、他人がしていることは同じPC操作しか意識できない。

 そのうち目に入っている人間関係が気になってくる。よそが見えない事が、視覚を狭くしてしまう。

 知りたいことは今生きている我々の精神的健康や衛生に関して、何が原因で今日のストレス社会なのか。

 

 過去にはもっと人間的なつながりのあった時期もあった。

 原因には、個人の資質の変化や考え方、問題のとらえ方、認識の変化などもあるのか。

 30年ほど前今ほど個人に自己愛の影を感じなかった。それが今の多くの人々の中に浸透している問題の根源ではないかと行き当たった。

 

 かつて知った中にも、様々な人間がいた。身勝手な人、高慢な人、短気な人、自分の自慢ばかり言う人・・

しかしそのような人は少数派で、大方は話せば相通じるものがあった。

 ところが今は話しても、理解に悩むような極端な性向を持つ人が大半を占める。よく言えば自分の意見をはっきり言う個性的な人が多くなったのだ。

 それぞれが個性的になったことで、依然その手の進歩の見られない人間にとっては社会は生きにくい場所になってしまった。

 アドラーは嫌われる勇気という形で人間社会で生き向く知恵を伝え、有名無名を問わず多くの精神科医や心理学者が身を守る方法を教えてくれている。

 しかし、多くの人々が生き辛いと感じる原因であるとする「自己愛」とはどのようなものなのだろうか。

  

 

  ウィキペディアより「自己愛」

 

 

ナルシシズム、あるいは自己愛とは、自己を愛し、自己を性的な対象とみなす状態を言う。

転じて「自己陶酔」「うぬぼれ」といった意味で使われることもある[1]。語源はギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスが水面に映る自らの姿に恋をしたというエピソードに由来している。

ナルシシズムを呈する人をナルシシストと言うが、日本においてはナルシストという言葉で浸透している。

一次性のナルシシズムは人格形成期の6ヶ月から6歳でしばしばみられ、発達の分離個体化期において避けられない痛みや恐怖から自己を守るための働きである。

二次性のナルシシズムは的な状態であって、思春期から成年にみられる、自己への陶酔と執着が他者の排除に至る思考パターンである。

二次性ナルシシズムの特徴として、社会的地位や目標の達成により自分の満足と周囲の注目を得ようとすること、自慢、他人の感情に鈍感で感情移入が少ないこと、日常生活における自分の役割について過剰に他人に依存すること、が挙げられる。二次性ナルシシズムは自己愛性パーソナリティ障害の核となる。

 

歴史[編集]

ナルシシズムというフロイト心理学において初めて使われた。

語の由来はギリシア神話に登場するナルキッソスである。ナルキッソスはギリシアの美しい青年で、エコーというニンフの求愛を拒んだ罰として、水たまりに映った自分の姿に恋するという呪いを受けた。

彼はどうしても想いを遂げることができないので、やつれ果てスイセン(narcissus)のになってしまった。

ナルシシズムの研究に貢献した心理学者には、メラニー・クラインカレン・ホーナイ、ハイマン・スポトニッツ、ハインツ・コフートオットー・カーンバーグセオドア・ミロン、エルザ・F・ロニングスタム、ジョン・ガンダーソン、ロバート・D・ヘア、スティーヴン・M・ジョンソンなどがいる。

 

 

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