20世紀は戦争の世紀

 

もはや2019年もあと少しで終わる。

21世紀生まれの労働者がいるかもしれないが多くはまだ学生が多いことだろう。

彼らはその半世紀ほど前、日本が戦争の悲劇の中にいて、親子、恋人、友人と生き別れにあるいは死んで別れたこともが珍しくないことを知らないだろう。

しかし、現実に多くの、本当に多くの人間の命が戦争によって奪われてきたのだ。

それも若き夢多き若者や、一家の大黒柱という世代の人々の命だ。

 

私も戦争は知らない、むしろ現在生存している人々は大方知らない世代だろう。

ただ今は幸せなことに様々な膨大な資料が残され、映像で家庭にまで流されるので知る機会は多い。

最近では国際報道というか、国際協力の名のもとに過去の映像も世界的なレベルで復元し編集され、日々家庭の中で放映されている。

日本の学校での教育では教えてもらえなかったことでも、積極的に調べようとすれば、日常的に放映され続けているので調べることは簡単にできる。

 

日本は太平洋戦争を起こし、当時200万を超える人々が戦火の露となり、日本国内において空襲や原発で命を落とした人も含めると300万を超える。

その後の歴史はご承知の通り、日本はアメリカとの国際協定を結び追従してゆくこととなるが、経済では歴史的な復興をはたして経済大国となった。

今生きている人間の幸せはその土台となった若き戦争被害者たちの苦労の上に築かれていることを忘れてはならないのではないだろうか。

 

f:id:Single_word:20191229214347j:plain

 

いま、世界的は当時より科学は飛躍的な進歩をし地域も変化し、それぞれの国の安全や平和を維持する方法は戦争などというきな臭い、また、非人間的な行動には寄らない方法が模索されているのだという事は言える。

しかし、それでも人はやっぱり自分の優位性、プライドが維持できない時には人間に戻り、どのような方向にながれるかなどは、決して言い切ることはできない。

 

政治の指導者のリーダーシップ、判断力を信じるしか我々にはできないが、良き時代を築く一員として日々行動することの重要なことは、誰にでも当てはまることである。

 

日本は戦後74年間戦争はなく、豊かな物資にあふれて自由に不満もなく生きてこれた人が多い。

でも、地球上では今日でもなお戦争に苦しみ、生きることの不安に陥って生きている人たちは少なくない。

若き命が戦争によって失われている現実はあるのだ。

 

先ごろ、憲法9条をめぐる小さな会話を耳にした。

それが本音だろうと思う。

「戦争に行きたくないよね。戦争ができる国になりたくないよね。」

 

同じ地球上に生まれ同じ世代を生きていても、国を背負い戦いにはせ参じるものもいる。戦争ができる国に生まれた悲劇だろうか。

戦争はあってはいけない。

ただ運よく日本に生まれた人間と、逆にシリアに生まれた人間と、どちらが必死に生きているのかと言われたら、答えは出ない。

人生も同じだ。安穏と苦労もなく育ち、夏も冬も温暖な環境に恵まれて勉強に励んでいるだけでよいと言ったら、シリアに生きる人たちはうらやましいと思うだろう。

医学が進み、受ける治療はかなり進歩して多くは普通に80年は生きる世界が一番いい。

でも、どちらが人生を充分生きたといえるかと言われたら、何と答えるのだろうか。

コメント

  1. Single_word より:

    つらつらと書いてしまった。なんでからくなblogが書けない。性格的に堅物なんだろうね。