非常事態!パンデミック!

パンデミックなのではないか。日本全国小中高登校自粛、

大変な事態と思う。

私は?あなたは?大丈夫?

結果的に致死率は低く、それほどの致命的な状況に至る病気ではないようなことがせめてもの慰めだ。

免疫がない。人はこのウィルスに耐性がない・・・

当然ワクチンもない。

弱かろうが、強かろうが未知のことには人は強く反応するのは当然なのだ。

以前、ある職場にいたころ同僚の一人が結核を疑う症状があった。

「えっっ」と思う間もなく、自分の家庭に影響した。

さらに子供は学校に行っているし、塾に行っている。

学校の級友、またその通学路、塾の同僚、通学経路、さらにはそれらの家庭にかかわるすべて人々を調べるというのだ。

私は目が回った。

真実はそうなのだろう。危機管理において 的確に状況を把握し 先手、先手に策を講じないとならないのだろう。

ところが塾の知らない面々に、そこまでの迷惑をかけるかと思うに至って、私は爆発してしまった。

同僚に普段世話になっていることも忘れ、思いやりもなくなって困苦した。懸命に勉強しているだろう塾の子供たち、その家族に申し訳ないという思いが一番大きかった。

その当時も、今もそうだが結核は充分の休養と、適切な治療を受けて治る病気であるはずだ。

ところが、言われるままに対応するとしたら、どれだけ周囲に迷惑とかけるのだろうと思ってしまった。

本来はそういった対策が必要なのだろう。

いざ、国難に相当する南海トラフの大地震、核が襲ってきたであれば、どのような事態でも応対したことだろう。

けれども、心理的には先に否定が起こり、「誰のせいだ」といったことが私の心によぎった。

否定だけではなく怒りが起こってきた。平凡な生活を壊すのは誰なのか。

病気になりたくてなる人はいない。

うっかり行かないで良いところに行ったり、そんな気もなく足しげく出入りした人もいるだろう。

しかし、それはお互い様なのだ。

自分も知らないうちに、他人に迷惑をかけているかもしれない・・

人は生きている限りお互い様なのだ。

痛みを分かち合うことを求めている。

結果的には結核の疑いは晴れて、肺気腫という病であったことが結論であった。

怒りに任せてあの時どんな言葉をはいていただろう。

せめてそのようにならずに済んだことが幸いであった。

今回の事態を見ていてその時のことが目に浮かんだ。

一日も早い収束を祈るばかりである。

コメント