いじめは快感? 自己愛性パーソナリティ?

イジメに快感がある事をした経験ことがある人はおそらく存在すると思う。

イジメには快感が伴う。

私は経験したことがある。

私の場合はペットたいしてにある種の快感を感じた。

お灸の匂いに敏感で、私がお灸をしているときは何とかして私から離れたがった。

みじめなほど怖がる姿を見て、優越感を感じた。

もっと身近によったらどうかななど、意地悪な感情が心の中に芽生えた事がある。

千葉の美亜ちゃんの事件を見ていると、自分の子供に対してさえ、いじめのうえでの快感があったのだろうと思える状況がある。

本人は当然それを認めることはないだろうが、でなければなぜ自分の子に対してあのような行為ができるのか不自然すぎて理解ができない。

家庭の中に入ると他人からは見えない感情の渦が発生する。

社会にはあるといったほうが正しいかもしれない。

自分の子でも、例えば妻であっつたとしても、おそらく上下関係は生まれてくる。まだ幼い子供が自分よりも知恵が豊富でレベルが高いと言われたらどうだろうか。

通常は父親が一番優れていて、子供は目下で知識を与える立場でなければならない。

通常は自分の子ができがよければうれしいと思うのが親心であると思うが、そのような折に、劣等感を抱くものがいる。子にたいして素直に喜ぶどころか対等な競争意識を抱くのだ。

そして他の弱い部分、例えば暴力を加えて上下関係を示すことで何とか平常心を保つ、あるいは満足する。

スポーツマンシップとよく言うが、対等と思っていたライバルがいつの間にか、自分を乗り越えたり、さらに手の届くかないほどレベルが高くなったりすると、内心びくびくしたりした経験はないだろうか。

秘密裏にこっそり練習を積んだり、口では否定しながら勉強したことは事はないだろうか。

私にはそんな経験がある。だからと言って暴力に訴えたり、虐待に及んだりはしないだろうが、そのような感情は解消しないと、日ごと大きくなることもある。

世間的には立派な人格者と言われるような人が、ある事を問われて知らなかったりすると、真っ赤な顔をして怒ったり、言い訳をしたりする。

素直に知りませんと言えないのだ。

自分より格下の人間からの質問となるとなおさら、いきりたったりする。

そのような人は人間的な成長がまだまだ出来ていないといえるのだろう。

経験値が足りないといえるかもしれない。笑って頭をかいたりして済ませる人が多いだろう。

美亜ちゃんが将来が期待できるほど出来がいいと言われたら、そのような子を持つ父親にとって、美亜ちゃんは自分の存在を脅かす危険な存在と思える瞬間があったとしても不思議はない。

おそらく最初は小さなしこりのようなものに違いない。

しかしその感情は日増しに強くなり気が付くとイジメとなって表面化する。そしてやむことなくエスカレートしてゆく。

私はペットを飼っていたことがある。ペットは匂いに敏感で私が発するお灸の匂いにおびえていた。小さな部屋の隅に逃げ込んでなかなか出てこない。

その様を見ていておかしくなり、棒をもっていじくったり、自分のへそのあたりがうずくことがあった。これはイジメの快感だったと今更思う。

そんなことを思う時、実の子でも親は劣等感を抱くことがあるという事実、そしていじめのできやすい環境・・

人には思いがけない感情があるのだ。それらをいかにして乗り越えるか、人の人生は難しい。小さなこだわりのないような環境でさえ人は常に競争している・・・

それらがエキサイトした悲劇ではなかったろうかなどと思う。あくまで参考にしてほしい。

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